オードリー・ヘップバーン様からのお言葉
皆様もよくご存知のように、私は若いうちは女優をしておりました。
映画にたくさん出させていただきました。
とても煌びやかで、キラキラと輝いた時間をたくさん過ごしました。
とても幸せでした。
自分の育った環境とはうって変わって、あの華やかな世界は、私にさまざまな夢を見せてくれました。
多くの人々が私の周りに集まり、それはもう蝶よ花よもてはやしてくれたものです。
私はそんなふうに人々から扱われることが、毎日毎日続いていましたので、そのようにもてはやされることが私の人生だと思っていました。
それは当然のことだと、私にはその資格があると、思っていました。
美しく華やかにこの華麗な世界を演じきることで、私にはその扱いを受ける権利が与えられているのだと思っていました。
でもある時、 一人の小さな子どものとても貧しい姿を見たのです。
着るものも、食べるものも、ろくに分け与えられることもなく、ただその子はそこに存在したのです。
だけど、その子どもは屈託のない笑顔で、その瞳はとても綺麗で、澄んだ瞳をしていました。
その子の目の光が、私に何かを教えました。
私よりもはるかに貧しく、不衛生なところで生活をしているこの小さな子どもが、「私は何をしているんだろう」と、私に今までの人生の中で感じたこともないものを感じさせ、何かを与えてくれたのです。
この貧しい子に、私が与えられたのです。
それを感じたとき、私はいてもたってもいられませんでした。
私の方がはるかに裕福で、この子にしてあげられることがたくさんあるのに、なのに、この子が、私に与えてくれたものを、私は人に与えることができるだろうかと、思いました。
その美しく澄んだ瞳を見たときから、私の価値観は変わっていきました。
華やかで、きらびやかな女優の世界に、今までこうして生きてきたけれども、私にはそれ以外にもっと大切な仕事がある。
幸いにも、私にはお金と知名度という大きな力が備わっていました。
ならば、この持てる豊かさを使って、あの小さな子どもに教えられた、与えることをしていきたい。
どんなことでもいいから、多くの人々に、お金や物ではない、もっと大切な何かを与えることをしていきたい。
もちろん、お金でできることは精一杯していこう、そう思ったのでした。
人間というのは、何が幸せで、何が不幸かわからないものです。
何が豊かで、何が貧しいか、わからないものです。
一見して、見るからに豊かであるはずの私が、あの貧しい子どもに与えられるなどということがあろうとは思いも寄りませんでした。
私には、それはなかったのです。
それを思うと、いてもたってもいられなくなり、私は人生の後半を、精力を多くの活動に傾けていきました。
貧しき人々には自分の持てるものを分け与え、そして、世界の紛争に巻き込まれて、安心して暮らせない子どもたちには、その安心して暮らせる環境を与えてあげたくなりました。
わたしは精力的に活動を行いました。
私にとっても大きなことに気付かせてくれた、あの澄んだ瞳の子どもたちに、恩返しをしたい気持ちでした。
あちこちに埋め込まれた地雷を、撤去する活動にも参加いたしました。
まだまだこれから、次の転生でも私はこの続きの物語を語れるような人生を送っていくことになるでしょう。
真なる豊かさを求め続けていきたいと思っています。
ありがとうございました。
(初出:2014年8月10日)

