空海様からのお言葉
静かに座していると、世間のざわつきが耳に障る。
しかし今回ばかりは、耳に入るざわつきだけではないということをひしひしと感じています。
この座する尻の下から突き上げるようなざわめき、これを感じながらいかんともせん、その無抵抗な人間の無力さを感じるのであります。
しかし、それは同時に力づくで抵抗するなどということではなく、この自然の力に身を任せ、その力を利用して更に高みへと登り、この地上の変化にわが身を躍らせ、そして頂きを目指す、そのような離れ業をなさねばならぬというように感じております。
何度も何度も、危うい目にあいながら、今までも、さまざまな窮地を乗り越えてきた。
どのような場にあっても慌てることなく、騒ぐことなく、冷静にその状況を見て、我の取る道はどの方向であるかを見定めてきたのでありました。
今度もまた、正にその見定める力が求められる時でありましょう。
私はそれをなし続けていく、それによって、一人でも多くの人々を救い、導くことができるであろうと強く信じているものであるから、この道を何が何でも進まねばならぬと、心に深く決めているものであります。
この世がいかなる天罰を受けようとも、それを甘んじて受け止め、しかし腐れることなく、必ずや生き伸び進む道を指し示し、その光ある未来を目指すものであります。
多くの人々は、必ずこの指し示す方向に歩み寄り、ついて来ることでしょう。
私はそれを実行いたします。
方向性としては、昔も今も変わることはありません。
御仏の道を究め、その道を一つの方向と定め、常に精進してきたものであります。
それはこの先も変わることなく、この方向性であることは間違いのないことであります。
いかような方法を取り、どのようにしていくかということについては、その時々の時代により、またその場所の状況により変わってくることでしょう。
必ずしも、これが絶対的であるという方法はないでしょう。
どのようなやり方、きっかけをもってなしていったとしても、方向性そのものが間違いなければ、皆必ず同じところに到達するに違いない。
よって、何をどのようになすか、これはそれぞれの個性をどのように花咲かせるかにも似た話だと私は思っております。
(初出:2016年5月13日)

