改革をなすということ

内山弘一
内山弘一

これは、私があることをなしていることに対する吉田松陰先生からのお言葉です。

個人的にいただいた言葉ですが、このような光輝く言葉を一人でも多くの方と共有できればと思い、アップいたします。

吉田松陰先生のお言葉

世の中になかった物を作ったり、また形はあるが、そのものを改革していくということは、非常に力のいるものである。

そして、その時の精神というのは、やはり「正しきものは正しくあれ」という思いを、固く持ち続けることが大切であると思います。

それは、深い信念に貫かれた思いでありますし、誰もそこにいないとしても、「我、独り立つ」という心境であります。

そして、この神の御心に添った正しさということをしておれば、何も怖いものはなく、徐々に周りが巻き込まれてくるというのを体感すると思います。

どのような偉人でも、はじめは周りが大反対しておるなか、たった独り自分がことをなした。あるいは何か始めたというところから、その英雄物語は始まっている。

そして、それがもう大逆転で、物事がひっくり返っていく様を、みな等しく経験している。

そういうことが起こってはじめて、偉人というのは後の時代に名が残り、このようなことがあったと、いう記憶が人々の中に残ることになる。

そして、そこでほんの少し動かした、時代を動かしたことによって、後の時代が変わっていく、その姿を、こちらに戻って来てから見るかもしれない。

しかし、それでもやはりその仕事をなすということは、大変大きな喜びである。

主が望んでおられることを、こちらがそれをしっかりと受け止めて、そしてなしていくということは、本来の信仰の中にあるべき姿であると私は考えている

言われていることだけをして、小さく納まっておくことは可能でしょう。いや、簡単です。
しかし、それでは伸びていくことは難しい。
また、この団体が、この長い歴史の中で耐えて残っていくことも難しい。

しかし、誰もやらなかった改革を、見事にやってのけた弟子がいたということになれば、これは大きく未来に渡って、その存在感をあらわす宗教として、残っていく価値が出てくる。

同じやるなら、そういう仕事をしたいものだ。
私は、そう思います。

(初出:2013年4月24日)

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