ローマ・ナハルティー様のお言葉
多くの軍勢を率いて戦った。その時は、そこの王であった。
何ゆえ私があなたのところに来たか、わからぬであろう。
今、そなた達がやっていることは、何をしようとしている。
私がかつてやろうとしたことと、似ているのではないか。
国を新しく打ち立てようとしていた。
そのことが、私をここへ連れて来た。
私の国民達は、皆迷っていた。
周りの国から攻め入られ、国民の生活は疲弊していった。
食料も十分になく、物は略奪され、
女・子ども達は連れ去られ、哀れな最後をとげた。
男達は怒りに狂い、しかし、それをどのようにして、
大きな力としていけばいいかわからずのまま、
わが国民は、大変苦しい時代を迎えていた。
そんな時に私は立ち上がったのである。
私とて、大事な家族を失った。
両親を失ったのだ。
この思いは、敵に対する恨みと憎悪しかなかった。
その力が私を、奮い立たせたのだ。
これ以上やつらに、好き勝手はさせない
自分の家族を守るためには、自分が立ち上がるしかない。
そう思った。
そして、思いを同じくする者達を、私は集めた。
そのほとんどすべての者達が、私と同じ思いであった。
自分達の財産を巻き上げられ、大事な家族を、なぶり殺しにされて、
黙っていられるわけがない。
私は多くの軍隊を率いて、彼らに立ち向かった。
「ナハルティー」
勇気ある者という意味である。
この大切なものを失った者の怒りは、どれ程強大な力を生むか、
それを目の当たりに見せつけてやった。
対話など必要ない。
奪われたものを取り返すまでだ。
その考えで、私は突進した。
何があっても、許してはならぬ。
何があっても、負けてはならぬ。
これより一歩も先、敵を入れてはならぬ。
その硬い決意で、前軍前進していった。
ひどい戦いであった。
両軍の兵達が入り乱れて、戦ったのである。
恐ろしい現場であった。
しかし、恐ろしくとも後ろに引くことはできない。
自分が引けば、皆が引いてしまって、全員で負けたことになる。
引くことはできない。
その思いで、何が何でも勝つと、強い思いで私は軍勢を率いた。
次から次へと、軍隊を送り込み、
敵を皆殺しにする勢いで、我々は襲いかかったのである。
そして、神聖ローマは、わが軍が勝利を収め、
ここに成り立ったのである。
これを後の世まで言い伝えるべく、私の銅像はつくられ、
今もなお、博物館に収められている。
ただここに来て、思うことがある。
私のこの戦いは、次の犠牲者を生み出した。
新たな恨みを生み出し、
終わることのない戦いを生み出したということである。
この点において、正義であったはずの私の戦いは何であったか、
最近そんなことを考えている。
国造りという一言でまとめれば、同じことであったかもしれない、
しかし、その国の造り方において、
随分と景色が違うものだと、思いながら見ていた。
(初出:2013年4月29日)

