霊言の降ろされる意味について②

このブログでは、天上界より降りた概念を、霊言と言う形で言葉にて表現し、文章に直して皆様にお届けしていますが、どうして私達のところに霊言が許されたのかを聞いてみたいと思います。
 
現代では宗教法人幸福の科学にて、大川隆法総裁先生が霊言をなされておられますが、なぜ私達の所でも霊言が許されたのか、またその必要性があるのかを天上界に聞いてみたいと思います。
 
なぜなら、私達は日々霊言をするたびに、この霊言は本当なのか、どうなのかと、いつもいつも考えながら行っており、その霊言で語られた内容を随時チェックし、その整合性や霊人の個性等を大雑把につかみながら、判断していますが、やはり、最終的な確信は持てないまま、霊的体験を積んでいる状態です。
なので、やはりどうしてこの様なことが起きるのか、なぜ私たちのところに起きるのか、聞きたくなります。
 
この疑問を霊言にて問うたからといって、三次元的には解決するわけでもありませんが、何らかの参考になればと思い、質問してみることにしました。
 
このブログを訪問していただく多くの方たちの中にも、「そんなことはありえない」と言われる方も多いかと思いますが、どうかお付き合いください。
 
今日は、「レイサー様」とおっしゃる方がおいでくださいました。
この方は、天照大神様達の魂の総称であるとお教えくださっています。

レイサー様のお言葉

内山弘一
内山弘一

現在、主が霊言をなされておられますが、なぜか私たちのところでも霊言ができるようになりました。
このことについてどういう意味があるのかを、教えていたければと思います。

レイサー様
レイサー様

霊言については主が、なされておられることが一番の本道でございます。
しかし、それ以外にこちらに降りてくる霊言がなぜあるのかということについて、これは主が言われるところの霊言以外に、うんと人々にわかりやすいレベルまで噛み砕いた概念が、降ろされているということでございます。
それらの仕事を、担当している天使たちが、こちらのほうに降りてくるということでございます。
 
もちろん、主のところに降りた霊人が、再びこちらに現れるということもございます。
また主のところには出てはきませんが、こちらなら出やすいということもあり、さまざまな霊人達の霊言が降ろされるということに繋がっております。
 
そのことは、もっともっと裾野を広げて、さまざまな言葉にて、感触を掴む人々が出てくるように、いたって人間的な三次元的な表現であったり、思いであったりすることが、さらにその影響力を増して現われてきているということでございます。
これにより、数多の人々を、目覚めさせてゆくことが、可能になったのでございます。
 
一度、そのような目でこの霊人を見て、その霊言を聞けば、真意のほどが伝わってくるものだと確信をしております。

内山弘一
内山弘一

天上界からの言葉とか霊言とかそのようなことを言うと、弾圧等が起きますがどのように考えたらよいでしょうか。

レイサー様
レイサー様

これはいつの時代も必ず起きることでございます。それを乗り越えてなしていく者が現れなければ、その時代の変革は起こしていけないのでございます。
すべて順風満帆に事が運ぶということはむしろ珍しいことなのでございます。
抵抗があろうとも、やり遂げる力が、それこそが、人々をして、悟らしめる道なのでございます。

内山弘一
内山弘一

この霊言をやることにより、仲間内からの弾圧を受けております。これについてはどのように考えたらよろしいでしょうか。

レイサー様
レイサー様

これは、嫉妬の念を受けているということです。それを(霊言する者)、いかなる理由があろうとも、弾圧という形で表現せねばならぬという正義はありません。
弾圧する者あらば、これは嫉妬から来るものと解釈できます。
本来の本道たる正義から起きることであれば、そのような態度になるわけもございません。

内山弘一
内山弘一

弾圧ではなく、嫉妬と考えればいいのでね。今後は今まで以上に謙虚に精進させていただきます。

ありがとうございました。

(初出:2013年11月19日)

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