真なる美しさとは

クレオパトラ様からのお言葉

多くのことを語るのは、ある意味たやすいことであります。
言葉少なに、必要なことを的確に話すことの方がはるかに難しいのです。
 
わたくしは全世界を、この美しさの下に統治したいと考えておりました。
どのような手を使ってでも、権力をわがものとし、そのすべての者たちをわたくしの、この足元にひれ伏させることを夢としていました。
わたくしのこの美しさに適う者など、あろう筈がない。
そう自信を持っていたのでございます。
 
この世に生を受けている間は、少なくともそう思っていたのでありました。
だが、この世の命が終わり、その肉体は朽ち果て、見るも無残に腐り果ててしまった。
わたくしの美しい姿をそのままに留めようと、わたくしは考えておりましたが、とてもとても見られたものではありませんでした。
 
自分自身がそのようになってみて、初めて考えてみたことは、永遠にして朽ち果てぬことはいったい何であるか?
そのことでありました。
 
わたくしの美貌も財産も名誉も、何もかもすべてが朽ち果て老いさらばえてしまったのでございます。
何一つとしてこの手に残らず、誰一人としてわたくしの前にひれ伏す者などいなくなってしまったのでございます。
そうなってみて、わたくしの心はどれほど苦しみ、喘ぎ、泣き叫んだことか。
この世の命あるうちに、手に入れた地位も名誉も美貌さえも、永久にその力を発揮することはないのであります。
 
そのことを、このような立場になるまで身にしみてわかることはなかったのであります。
 
こちらのお方は、このように霊的なる者の存在を認め、その声を聞かんとして日々、地道ながらもその活動をされていることを、わたくしは感じ取りました。
ゆえに、このようにして出てまいったのでございます。
できることならば、地上にあった時に、わたくしの持てる権力すべてを今一度この手にしてみたい。
その気持ちはないと言えば嘘になります。
しかし、わたくしはすでに知ったのであります。
それがいかに無力なことであるか。
いかに頼りないことであるか。
この世というところで、ほんの数十年の生命を生きている間だけ許されたことであったのでありました。
 
そのことを、このように語ったところで、はたと耳を傾け心を開く者がいるかどうか、わたくしにはわかりません。
しかし、わたくしは伝えたい。
永久なる美しさとは、目に見え、手に触れることのできないものであるということ。
無限の豊かさというものは、何ものにも代えがたき価値あるもので、しかも枯渇することのないものであるということ。
 
この真理を知ることは、なによりも重要なことであるということ。
受け入れがたきことであるかもしれませんが、それでもわたくしは申し上げたいのでございます。
 
たとえ、ほんの一握りの人であってもよい。
わたくしの言葉を聞いてくださる方があれば、わたくしは嬉しいと思います。
 
クレオパトラが永遠の美女であったということを、わたくしは証明したいのでございます。
真なる美しさを、わたくしは持ちたい。
そう思っております。
 
ありがとうございました。

(初出:2013年12月27日/収録:2013年12月22日)

タイトルとURLをコピーしました