孔子様からのお言葉
はい、うん……、この女性の方(巫女)があまりにも語彙が少ない。
あまりにも少なくて、私の言葉をうまく伝えられるかどうかはわかりませんが、言葉を選んで語りましょう。
少し不自由ですね。
人は皆、その心の内にあらゆる世界を持っておりましょう。
そしてこの世界を、生きている時に顕現していくのであります。
その時に、どのような世界を持っているかが誰の目にもわかるようになってくるのであります。
一人ひとりの心の内に持つ真珠の玉のごとき輝きは、朽ちることなく果てることなく、永遠にその輝きを持ち続けているのだが、はたしてそれをそのままに顕現することができるのは、どれほどの人々であるだろうか。
人にあらずんば、この輝きをもって世に顕現していくということは難しいのであります。
幸いなことに、我らはその道を与えられているのであります。
いかにそれを汚れなき真珠の玉をそのままに、その美しさを表すことができるためには、常日頃、日々蓄積する心の垢を落としていかねばなりません。
それができている者は、非常に真なる姿に近い形でそれを表すことができる。
だがそうでない者は、それなりの姿になっているであろう。
いずれにしても、どの方法でそれを表したとしても、まこと不思議なことに、その人間の持っている本来の輝きというものは、周りの者にすべて見通されているということであります。
本人がそれを意識するとせずとにかかわらず、人の魂は他の者の魂を見通すことができるものであります。
ただ悲しいかな、この世に生きる人々は、それをそのままの意識のもとに自覚することが難しい。
おそらくほとんどの人々がそれを行うことは困難なことでありましょう。
ゆえに誤解が生じ、間違いが生じ、いらぬ争いが生じていくのであります。
これは個人においても、公なる組織においても同じことであります。
本来の魂の輝きを、すべての魂は感じることのできる能力を与えられているにもかかわらず、それを知ることなく時を延々と過ごす者は少なくない。
その時の流れを、どれほど重ねれば真なる心の目を見出すことができるのであろうか。
人、一人が、その領域に到達するのにかかる時間は、一体いかほどであるのであろうか。
個人差はあるにせよ、この世に命ある内に、その本来の輝きを見抜けるほどの魂になっていたいものだ。
我らは、それを求めてやまなかった。
それを自分でも体験したくて、未知なるものに挑戦をしてきたのである。
今後も、そのような魂の輝きということを忘れず常に心に留めおいて、視野を広く持ち、心の器を大きくして、ゆったりと眺めてみることであります。
それにより、新たに自分が受け取った輝きを、もう一段拡大することができるでありましょう。
それが、人間の人間たる所以である。
人にあらずんば、このことはまた許されはしないのであります。
それを知ったならば、すでに多くのものを与えられているということに、感謝をしたくなるのではないだろうか。
そして、その感謝の思いは、必ず多くの人々を幸福へと導いていく力となるでしょう。
至って普通の表現で語りましたが、内容としては同じことであります。
(初出:2014年5月12日/収録:2014年5月8日)

