英雄たる者

ナポレオン・ボナパルト様からのお言葉

私が病気で臥せっている時、心が萎えた。
その時には、私に与えられたのは、ありあまるほどの時間であった。
退屈で仕方のない毎日をどのように過ごすか、これを私は考えた。

鏡に映った私の顔は、情けない男の顔だ。
私というのは、こういう人間か?
それを毎日のように鏡を見ながら問うた。
いや、違う、こうであってはならない。
私はこうではない。
そうだ、私は英雄なのだ。
私こそが英雄なのだ。
私はこのようなみじめな姿であるはずがない。
そのような姿であってはならないのだと、私は自分を鼓舞し、
気高く、雄々しく、未来に残るであろう
自分の素晴らしき理想の姿を絵にして残した。

多くの者たちは、その絵を見たことだろう。
いかに私が勇敢で、正義に満ち、愛溢れ、立派なリーダーであったか。
この時代を駆け抜けた英雄であったのだという証拠を残した。

実は、私自身、心の内にあるところの小さな小さな私は、
この時の私の考えと行動によって引き上げられたのである。
そのことを誰にも明かすことはなかった。

人というのはおよそ、そのようにして、自分を鼓舞し、
大きく見せようと努力する中に、
ついていかなかった自分が引っ張られ、
ついていかざるを得なくなって、ようやくその重たいケツを上げる。
そのぐらいのものだ。

しかし、私がつくり上げたこの立派な姿であるところのナポレオン、
その姿に私は引っ張られ、押し上げられ、
ようやくそこに辿り着いているのだなどということは、
世間の人々には分からぬこと。
それによって人々は、イメージをする。

私という英雄がいるということを認識し、人々の心に私のこの凛々しい姿ができ上がり、やがて英雄として独り歩きし始めるのだということを私は発見したのだ。
大発見である。

それによって、ナポレオンこそが英雄だということを世間に知らしめて、
このようにして英雄というのはつくっていくのだということである。

今だからこそ話せる。

どうだ!
それを真似るのもよし。
さらに、変化させるもよし。
それは、その知恵を使おうとする者の自由なのだ。
それによって哲学者にもなれば、軍人にも、また、音楽家にもなれば、スポーツ選手にもなる。

人というのは、このようにして自分の想像力を逞しく使うことができ、自分が何者であるかということを思い描いた方向に自分自身を引っ張り上げていくことができる、唯一の生き物なのだ。

この力を使って、国であれば国王、海賊であればキャプテン、軍隊であれば大将、
全ての存在はつくられていくのだ。

学者でも博士でも何でもよい、理想の姿を思い描け。
本来の自分がいかに小さく、みじめな姿であったとしても、
それを何十倍、何百倍も大きな存在として、
実在の人物としてなしうることができる唯一の方法である。

もちろん地道な努力も怠るな。
それは当然のことであるが、積み重ねればなれるというものでもない。
この理想を描く力をこそ持っている者が、リーダーとなれるのだ。

(初出:2015年8月13日/収録:2015年7月20日)

タイトルとURLをコピーしました