突然の、過去世との出会い⑨

霊的に生きる決意

今回の、不思議な過去世との出会いにおいて思うことは、ここに登場した過去世たちは、必ずしも私の過去世だとは認定できないかもしれない。
なぜならば、同じ魂の同じ過去世を持つ者が、他にもいるということである。
その者たちは、きっとどこかで活躍していると思われる。

したがって、私の過去世認定は、今後、私が何をなすか、何をなしたかによって、認定の判断が分かれてくることになると思う。

私が生まれる前、まだ母親のお腹にいる時、お坊さんが探し来て「このお腹の子は男の子であり、空海の生まれ変わりだから、名前を弘法大師の弘をとって『弘一』とつけるか、法をとって『法一』とつけてください」と告げられたと親から聞かされている。

そのことをほとんど気にもしないで生きてきたが、今からおおよそ10年ほど前に、霊的に空海と名乗る方が出てきて、霊言を始められたことをきっかけに、次々と私の過去世と名乗る方たちが登場してきた。

それを私は、素直に認めることもできず、また、無下に否定することもできず、しかし、もしそうであるなら「何かをなさねば」と思い、自らを鼓舞したりしていた。
またそれとは反対に「本当にそうだろうか」という思いにて、平凡に普通にこの世の仕事をしていればよいではないかと思う私もいた。

「霊的なことは危ない!」と単純に考える人たちから、強烈な否定の言葉を受け続け、また、全体的な調和を思うあまり、自らの身の上に起きている霊的なことに対して、今ひとつ煮え切らない私がいた。

今回、蘇我入鹿との出会いから成る一連の出来事は、煮え切らない私に対して、衝撃を与えるに十分な出来事であった。
その結果、決意をなし、霊的に生きることを決めたのである。

霊的交流の様子を公に公開するのを手始めに、現代の唯物論に偏った社会を有神論へと導き、本来のあるべき世界へと改革すると決意したのである。

だからとて、どれほどのことができるかわからないが、必要に応じて必ず協力者は現れてくるだろうし、必要なものもまた、ふさわしい形で与えられると思う。

この文章を読んでいただいている方たちの中にも、同じく協力し合える方がきっとおられるだろうと思う。

そのことを信じて、「突然の、過去世との出会い」の話を終えることにする。

(初出:2020年8月2日)

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