美ということ

美の女神様のお言葉

美しさということは、一つの悟りであります。
悟りがあるからこそ、美しいのであって
悟りなき美は、美しいとは言いません。

多くの人達は、目に見える美しさを追求いたします。
もちろんこれも、美の世界の一端を現わしていることは、
間違いありません。
しかるに、この目に見える美しさが、
なにゆえ美しいと感じるのか、
なにゆえその形が心地よいのか。
それを考える時
そこに、悟りに通じる道があるということなのであります。

逆の言い方を致しましょう。
仏の理にかなった悟りを得たものは、
それが描く姿というのは、
美しさを含んでおります。

それは逆に言えば、
美しさ以外のものを作り出すことはありません。

そのことを、多くの魂は
いや、すべての魂は、誰に教えられることもなく
そのことを知っております。
ただそれを自覚しているか否かは、
それぞれに個人差があり、  
意識するかしないかによって
その美の世界を探求する者あり、
また、まったく構いもしない者あり、
ということになっていきます。

悟りを得た者が描くものが、なぜ美しいか。
それは、自然とにじみ出るすべてのものが美しいから
それが形になって現れるので、
人々がそれを見た時に
美しいと感じ、心地よいと感じる。
これは自然の摂理であります。

そして、その心地よく感じる形を
真似て造ろうとするのが
人間の常であります。
そこから学び取ることも多いと思います。
また、目に見えぬ美しさというのは  
計り知れぬ世界を含んでおります。
これは、ありとあらゆる世界に広がっていて、
言葉で表現をするのは、
たいへん難しいことです

この美しさということは、  
非常に感性の部分が関係をしており、
魂の生地が十分に鍛錬されていなければ
出ることのない美しさというものがあります。

これは、目に見えるものを
遙かに凌駕する世界であります。
これを究めることは、
最初のうちは容易でありますが、
高みへ昇れば昇るほどに厳しくあり、たくましくもある。
そして、限りなく美しい、
そういう世界になっております。
限りなく主に繋がる究極の美は、
悟りそのものであります。

次元の下る毎に、わかりやすい形で表現されている
そういう世界になっております。
なので、目に見える美しさを追求するのも良いことです。
また、目に見えない美しさを追求することは、なお良いことです。
どちらも悟りへの入り口である、ということです。

(初出:2012年10月10日)

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